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- ジョニー・ウッド
- 2021-02-12
- 8 min read
「積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会に変革をもたらし、大きな成長につながる。そうした発想の転換が必要です」。そう話したのは、日本の菅義偉前首相でした。菅前首相は、2050年までのネットゼロ・エミッション実現を、国民に向けて表明。それまで同期間内に排出量80%削減するとしていた既存の公約を引き上げる形となりました。
この発表は、欧州各国が早期に掲げた「今世紀半ばまでにネットゼロを達成する」という公約と、中国の「10年後の2060年にネットゼロを達成する」という公約を反映しています。日本をはじめ世界各国が、よりサステナブルな未来を構築し、特に発電、運輸、重工業といった分野の脱炭素化が進められれば、各国経済には大きな変化が生まれるでしょう。
日本における再生可能エネルギー
日本における再生可能エネルギーの活用では、公約の実現に向けて、日本にはどのような動きが求められるのでしょうか。まずは、現状の整理から始めましょう。日本は今、世界第3位の経済大国であると同時に、世界第5位の二酸化炭素(CO₂)排出国でもあります。その理由は、経済活動におけるエネルギー需要を満たすために化石燃料に大きく依存しているためです。さらにそのほとんどは、輸入によって賄われています。米国エネルギー情報局(EIA)によると、日本は化石燃料資源が乏しいため、LNGの輸入量は世界トップ、2019年には石油輸入量についても世界第4位という状況です。
ここから日本は、よりクリーンな燃料への転換を進めなければなりません。この切り替えは、新たな雇用の創出や経済成長の可能性を秘めていることも事実ですが、その一方で、課題もあります。欧州連合(EU)のようなクリーンエネルギー先進国に比べると、日本の再生可能エネルギー分野はまだ初期段階。EUではすでに再生可能エネルギー源が電力需要の30%を占め、「2030年までにこれを50%まで増やす」ことを目標に掲げています。
そんな日本にとって、再生可能エネルギーのシェアを大幅に拡大するための最善策と考えられているのが、洋上風力発電です。2020年には、千葉県沖合、東京都南部、秋田県沖合に複数の大規模な風力発電施設を建設するための入札が行われました。政府は、2030年までに原子炉10基分に相当する1,000万キロワットの発電容量を確保し、洋上風力発電を国の主要エネルギー源にすることを目指しています。
しかし、日本の輸入化石燃料への依存を、すべて風力発電のみで賄うのは難しいでしょう。そこで注目されているのが、水素です。原子力発電に行き詰まりを感じる日本政府にとって、ネットゼロを叶える代替燃料として期待されています。
各産業における水素の期待度
水素は、海運、航空、道路輸送といった輸送産業にも、石油ベースの燃料に代わるクリーンな代替燃料を提供できると考えられています。しかし、そのためには、水素補給ステーションや海上・航空燃料供給地点などの新たなインフラの構築が欠かせません。現在進行している「JHyM水素ステーション・プロジェクト」では、2021年までに合計160カ所の水素補給ステーションの設置を目指していますが、水素が従来の自動車燃料に取って代わるにはさらに多くの施設が必要となるでしょう。そんな中、国際民間航空機関(ICAO)は、毎年2%の運航効率の向上を要求。サステナブルな航空燃料(SAF)の利用は日本の航空市場、特に国際線で拡大すると予想されています。
さらに、クリーンな水素は燃焼温度の高さにも耐えられることから、製鉄やセメント製造のような重工業分野での活躍も期待されています。こうした電化の困難なプロセスでの活用が進むことで、発電所やこれらの重工業分野で長く使用されてきた化石燃料からの脱却が望めるでしょう。しかし、水素の入手方法は依然、日本の課題として残っています。
持続可能な未来に必要なパートナーシップ
その解決策として、日本は、海外とのパートナーシップ構築に着手しています。直近では、オーストラリアとパートナーシップを締結。再生可能エネルギーを動力源とした電気分解で生成されるグリーン水素とアンモニア、そして化石燃料と炭素回収貯留(CCS)を利用して生成されるブルー水素が供給される予定です。
オーストラリアにある Low Emission Technology Australia社CEO、Mark McCallum氏は次のように話します。「大量の炭化水素と広大な貯蔵スペースがある場所ならどこでも、水素の製造が可能です。幸運にもオーストラリアは、その両方に非常に恵まれているのです」。
エネルギーを水素に転換するためには、水素用に造られた船舶や、新型のパイプライン、水素とアンモニアに特化した製造施設など、まったく新しいサプライチェーンが必要です。なお、三菱重工では、オーストラリアのH2Uグループに出資し、日本に輸出可能なグリーン水素・グリーンアンモニアプロジェクトを主導するといった取り組みも行っています。
確かに、新たなサプライチェーンの構築には、莫大な費用がかかります。しかし、水素に対する国際的な関心が高まれば、市場規模は拡大し、コストも低減。オーストラリアをはじめとした輸出市場が盛り上がれば、水素経済への投資は、輸出国にとっても輸入国にとってもリスクの少ないものとなるでしょう。
この点についてMcCallum氏は「顧客は、ネットゼロ・エミッションの達成を望んでいますが、どんな価格でもよいという訳ではありません。そのため水素は、手頃な価格で信頼性が高く、クリーンでなければならないのです。私たちはこの3点を基準にして取り組んでいくべきでしょう」と述べています。
再生可能エネルギーを動力源とするグリーン水素の規模が拡大すれば、過去10年間で太陽光発電や風力発電のコストが急落したときと同じように、グリーン水素のコストも下げられるはずです。(実際のところは、ブルー水素のほうが短期的な費用対効果が高く、日本などの輸出先の需要に合わせて規模を拡大するのには適しているかもしれませんが。)
水素取引の国際市場が活況となれば、世界中の国々や地域が発表しているネットゼロ計画の達成にきっと役立つことでしょう。
世界の先導者として
最終的に水素が成功を収めるには、CCSのような技術を組み込み、競争力のある価格を実現しなければなりません。実際に英国や欧州連合(EU)では、CCSプロジェクトや、太陽光発電、風力発電、その他の再生可能エネルギーの大規模な導入が行われています。
特に英国では現在、各地の産業クラスターでブルー水素を生成する計画を進めてます。なかでも最大規模の「ゼロ・カーボン・ハンバー・プロジェクト」では、北海の深くに貯留されるCCSを利用して、発電所と産業プロセス双方の、水素燃料への切り替えやCO₂回収を促進することを目的としています。なお、そのプロジェクトで駆動するH2H Saltend水素製造プラントには、三菱パワーの天然ガス70%と水素30%(将来的には水素100%に上がる可能性あり)の混合ガスで稼働するガスタービンが使用される予定であり、今後、世界最大のブルー水素プラントになるとみられています。
英国だけでなく、気候変動に対する世界中の機運は、2021年にグラスゴーで開催される第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に向け、ますますの高まりを見せています。例えば、米国。大統領であるジョー・バイデン氏は、自国のエネルギー分野をより持続可能なものにするための施策とともに、2050年までのネットゼロ・エミッション達成に向けて、さらに具体的な計画を発表しました。
また、世界最大の排出国である中国は、英国・EU・日本より10年後の2060年までにネットゼロを達成することを公約しました。中国のエネルギー市場は、現在も化石燃料に大きく依存しており、新たな石炭火力発電所の建設計画も実施されています。その一方で、中国は再生可能エネルギーにも注力しています。風力発電で大量の電力を賄っており、さらには世界有数の太陽光発電パネルメーカーも有しているのです。
世界第2位の経済大国である中国のネットゼロへの動きは、諸外国にも大きな影響を与えることでしょう。これは、続く世界第3位の日本にも言えることです。経済先進国というその立場から、アジアをはじめ世界中の国々を先導してくれることを期待しています。
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